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研究業績

RESEARCH WORKS
2017.03.08

老成学研究の概要 予稿集 2016.12

第28回日本生命倫理学会年次大会/公募シンポジウム/阪大2016/12/4

<老成学>研究の現段階(概要)

浜松医科大学/森下直貴

日本はいま超高齢社会に突入しつつある。高齢化の波は、就業構造の偏りや過酷な労働条件を背景とする「少子化」や「過疎・過密化」と絡み合いながら、社会のあらゆる機能システムやすべてのコミュニティに深刻な影響を及ぼしている。とりわけ家族や地域によって長らく担われてきた共助機能は、高齢化によって決定的に弱体化している。その結果、老人介護をめぐる酷薄な事件や孤立死の多発に窺えるように、老人世代を含めて全世代を縦に割るように貧富の格差が広がっている。このような傾向がますます強まるとすれば、その延長線上に我々を待ち受けているのは、何とも不吉な未来であろう。しかし、この陰鬱な予測を吹き飛ばしてくれるような動きはどこかに見出されないものであろうか。その種の潜在力を蔵していると考えられるのが、長寿にして元気な「老人世代」の大群である。

近代の日本に限定するなら、家族の中で余生を送り、世話を受けながらやがて看取られて死ぬという「受動型老人像」が一般的であった。それに対して近年、自分の力で積極的に活動して第二の人生を楽しむという「能動型老人像」が定着しつつある。現今のジェロントロジー(老年学と老人生活学)が後押ししているのもこの後者の動きである。しかし、高齢化の現状と将来を見渡すとき、新たに要請されるのは、老人世代が自らの経験と知恵を活用し、同世代同士の互助のみならず、次世代のために社会の全領域に渡って再関与していくことではなかろうか。それを「コミュニティ関与型老人像」と命名しておく。平易な言葉を用いれば、時代にマッチした「世話」役となろうか。

「老人世代が次世代のために何ができるかを考え、世代として積極的に社会に関与(世話)する」という要請に応えるため、新たに立ち上げられたのが<老成学>である。ここで<老成>とは、老いが完成した熟成状態というより、むしろ「老いの生き方」を不断に問い続け、意味づけ直すという再帰的なプロセスのことである。「老いの生き方」(あるいは「老いの中の生」)には四つの焦点(働・病・性・死)がある。これらの問い直しはけっして老人だけの問題ではない。若い人を含めてすべての世代が直面する問題であるとともに、超高齢社会じたいが「老いた」社会であるかぎり、個々人を超えてさらに社会自身の課題でもある。

老人の間にはもとより個人差や性差もあれば、内部的な世代差もある。そのうちでとくに重要なのは年齢差である。この年齢差に注目し、これと先の老人像や四つの焦点を対応づけるとき、老人年代の次の四つの段階がえられる。すなわち、Ⅰ 50〜65歳・・・個人能動型/働、Ⅱ 65〜74歳・・・コミュニティ関与(世話)型/性、Ⅲ 75〜84歳・・・家族受動型/病、Ⅳ 85歳〜 ・・・晩期終活型/死、である。この段階設定はもちろん個人差や世代差があるから大まかな指標にすぎないが、老人像に関して総合的な見通しを与えてくれる利点がある。ちなみに、死生学はこれまで「病いの中の死」に関心を集中させてきたが、より一般的な「老の中の死」を組み込むことによって十全なものになるであろう。

Ⅲのコミュニティ関与(世話)型を中軸にして上述の総合的老人像を具体化するために、<老成学>が採用する方法論上の枠組みは以下になる。なお、この枠組みの詳細については、下記に挙げた『生命と科学技術の倫理学』やその他の論文を見られたい。

⑴ 研究の出発点は認知症介護の日常現場において、近所の老人が同世代の身近な他者としてどこまでどのような関与(お世話)が可能かを探索することである。しかし、介護の日常現場への他者の関与は実際にはきわめて困難であって、コミュニティの多様な力を結集することなしには不可能である。そこで研究の範囲を介護現場から出発しつつも、社会の全領域にわたりかつ多世代に関わるような老人世代の活動の実態に拡張する。
⑵ 研究を方向づけるのは四つの観点である。すなわち、A同世代同士を支え合うとともに次世代を育成すること、B共助の領域からその他の社会領域へと展開すること、C機能限定コミュニティと包括的な地域コミュニティとを接続すること、そしてD既存のソーシャルキャピタル群(寺社、学校、自治会、営農組合等)を有効に再活用すること、である。
⑶ 社会はコミュニケーション群の分化に基づいて四つの領域に区分される。すなわち、②子育て・医療・教育・福祉といった共同性を目指す<共助>領域、①生活・産業・テクノロジー・経済といった実用的な<協働>領域、③慣習・政治・法・行政といった統合に関わる<協治>領域、それに④遊び・科学・芸術・哲学および宗教を含む文化の<共有>領域、である。
⑷ コミュニケーションのシステムとしてのコミュニティには、機能限定群(企業・病院・政党・学会)とともに家族や地域(自治体)といった機能包括群がある。さらに、あらゆるコミュニティ群、したがって社会の四領域のすべて(生活インフラ整備、社会保障、外交・統治、文化継承)を包括する最大のコミュニティが国家である(政府=国は国家の一部にすぎない)。国民国家が公共の場を創出するかぎり、国家を抜きにしてグローバルやローカルを語ることはできない。この点は<老成学>においても同様である。

<老成学>とは、「若者」「女性」「障害者」「LGBT」に続いて「老い」が初めて本格的に問い直されざるをえない時代の自己意識であり、学際的研究分野(ネオ・ジェロントロジー)である。それは<老成>の視点から、老人世代の生き方(老の中の生/生の中の老い)に着目し、社会の全領域に渡って老人世代の実情・実態を探索・観察しつつ、老人世代のみならず、すべての世代の生き方について、そしてさらには社会全体のあり方までも問い直すのである。このような探求を通じて<老成学>が最終的にめざしているのは、陰鬱な将来予測を吹き飛ばしてくれるような多世代間の持続可能な社会、すなわち<老成社会>の実現にほかならない。

科研費研究 基盤(B)特設分野:ネオ・ジェロントロジー、研究課題番号:15KT0005
研究課題名:<老成学>の基盤構築——<媒介的共助>による持続可能社会をめざして、
平成27〜30度、研究代表者:森下直貴(浜松医科大学教授)

・森下直貴、<老成学>の構想—−老人世代の「社会的再関与」によるコミュニティ再生への展望、『浜松医科大学紀要(一般教育)』30:1−43、2016.3.
・森下直貴編著『生命と科学技術の倫理学——-デジタル時代の身体・脳・心・社会』、丸善出版、全262頁、2016.1.
・Naoki Morishita, Reconsidering “Health” from the Perspective of “System”: Health as Desire and Way of Life for People of Advanced Age. Journal of Philosophy and Ethics in Health Care and Medicine 8:27−42, 2014.12.
・森下直貴、「健康」を哲学して「老成社会」の提唱に及ぶ、『人間会議』2014夏号:18−23、2014.7.
・森下直貴、「子育て」に今日的意義はあるか—―<身近な他者たちの協同作業>という視点、『都市問題』102(12):44-52、2011.12.
・森下直貴、《雑融性》としての「成熟」―-「若者世代」論から《規範的なもの》の考察へ、名古屋哲学研究会『哲学と現代』26:42-87、2011.2.
・森下直貴、「家族の変容」から見た代理出産と終末期医療の未来、『浜松医科大学紀要(一般教育)』24:1-21、2010.3.
・森下直貴、「家族」の未来のかたち―結婚・出産・看取りをめぐる人類史的展望、古茂田宏ほか編『21世紀への透視図―-今日的変容の根源から』(青木書店)所収、第三章:64-96、2009.12.