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RESEARCH WORKS
2017.04.25

動物倫理 2007

図書新聞書評

『永遠の絶滅収容所 動物虐待とホロコースト』

 

チャールズ・パターソン著、戸田清訳、緑風出版、2007

Charles Patterson, Eternal Treblinka: Our Treatment of Animals and The Holocaust, NY: Lantern Books, 2002 の全訳

 

「動物虐待」と「ベジタリアン」とが関連していることはおおよそ見当がつく。しかし、畜産業と「奴隷制」とか、ベジタリアンと「ホロコースト」とのつながりとなると、たいていの人は首を傾げたくなるだろう。ましてや、「工場の流れ作業」とホロコーストとが結びつくなどと言えば、悪い冗談としてしか受けとられないに違いない。ところが、そうした私たちの常識的反応は、本書によって一転して根拠のない無知へと転落させられてしまう。少なくとも、鋭い挑戦を受け、重い反省を迫られることは疑いない。

原題名は「永遠のトレブリンカ」。アウシュビッツに比べてあまり知られていないが、ナチスの絶滅収容所の名前である。アイザック・シンガーの小説に出てくるフレーズである(が、「永遠のユダヤ人」という悪名高いフレーズが踏まえられている)。本書は三部から構成される。第一部は、動物の家畜化が人間の奴隷制度や自民族中心主義を育んできたことことの歴史的叙述である。第二部は、アメリカでの屠畜の工業化と優生学とジェノサイドとの結びつき、アメリカとドイツの密接な協力関係。第三部は、ホロコーストを深く受け止めて動物擁護運動家やベジタリアンになった人々のプロフィール。

本書は以上を通じて、「動物に対する制度化された暴力」とこれをベースとするによって現代肉食文明を、一つの根源的な位置から告発している。根源的とは、農耕とともに人類文明を生み出した動物飼育・畜産という最も基礎的な技術じたいが、避けがたく「強者の論理」を伴うとみなしているからである。その種の論理に支えられた構造的な動物虐待の慣習が人類史を貫き、自民族中心主義から、奴隷制、人種差別観、近代工業的肉食文明、優生学、ホロコーストまでを駆動してきたことを、その過程で虐殺された無数の声なき声を代弁して告発しているのである。ただし、本書はホロコーストに衝撃を受けそこから立ち直った人々の生き様を描くことで、同時に新しい生き方への呼びかけの書であり、希望、未来の予言の書であるとも言える。

読みながらいろいろなことが頭をよぎった。第一部に関して。告発型にありがちな一面的な叙述。退屈。ユダヤ教のみ多面的にみている。偏り。インド・コルコタのカーリー寺院を思い出す。支配非支配と屠畜との関係はあるのか。政治は別次元ではないか。屠畜業と差別の問題はもっと複雑か。しかし、一面的偏りでも重要さはある。第二部に関して。興味深い。この部分がなければ、たぶん本書を閉じていたところだ。キーパーソンはヘンリー・フォード。屠畜の近代的流れ作業とホロコースト、アメリカとドイツをつなぐ人物。ただし、フォードの動機づけ、資本の論理、ユダヤ系金融資本との対抗関係が不明瞭。近代的屠畜業の描写は圧巻。今日の日本の偽装問題を連想させる。第三部に関して。二人のシンガーが興味をそそられる。一人はバイオエシックスで著名なピーター・シンガー。ベジタリアンであることは知られているが、ホロコーストとの結びつきについてはあまり言及されることがない。ユダヤ人にベジタリアンが多いことも含めて。もう一人のアイザック・シンガー。イデッシュ語作家初のノーベル文学賞。ベジタリアンという生き方と動物虐待告発の精神的指導者。動物たちとの関係でいえば「すべての人々はナチスである」。動物虐待の現状は彼・彼女らにとって「永遠のトレブリンカ」である。本書は二番目のシンガーに捧げられている。

本書の全体的な読後感。ベジタリアンという思想・生き方の重さが感じられる。これまでは軽い気持ち。本書を読んで認識を新たにされた。未来の食生活の予言の書。第二に、日常性・食生活の見直しはなかなか困難であること。研究会での出来事が思い出される。ただし、食文化の伝承・伝統と工業化された肉食産業との区別が必要か。日本の食文化との関係。三つ目、動物の次のことも気になる。アシモフではないが、ロボット・サイボーグのパーソン。最後に、印象深いのは、通奏低音となって響くシンガーの言葉とともに、著作は声なき声を代弁せよとするカミュと、内なる凍れる海を砕く斧たるべきとするカフカの言葉。本書はシンガーとカミュとカフカが乗り移ったような本である。各国語に訳されている。日本語の読書界に刺激となることだろう。最後になったが、訳者によるあとがきの文献案内が充実している。訳は基本的に読み易い。訳者をねぎらいたい。