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RESEARCH WORKS
2017.04.25

優生学 2000

書評

ブライアン・アップルヤード著 『優生学の復活?ー遺伝子中心主義の行方』 (山下篤子訳,毎日新聞社,2200円)

 

優生思想(または優生学)という言葉を,どこかで一度は耳にされたことがあるのではなかろうか。もともとは「育ちがいいこと」「いい素性」という意味である。近代社会になると,特にはっきりと,「生殖を人為的にコントロールして人類を改良しようとする考え方」という意味を担わされ,今日にいたっている。

この言葉はナチズムとその民族大量虐殺を連想させる。しかし,今日の優生思想は,ナチズムの頃までのそれとは少なくとも二つの点でちがう。一つは,「遺伝子プール」を所与として選別するだけではなく,「遺伝子プール」そのものを改変できるようになった点である。これは私たちの存在の条件が変わることを意味する。もう一つは,国家が処置を強制するのではなく,個々人が自分の判断で選択する点である。これらに,我が子に対する親の願望がむすびつくと,優生思想に抵抗することは難しくなる。

かりに,胎児や胚の段階で遺伝病が高い確率で発現することがわかったら,親としてどうするか。「ホモセクシャル」の遺伝子群が特定されたとして,それがわかったらどうするか。背が高くなる,顔立ちが整う,運動能力に優れるなどの遺伝子が発見されたら? 通常なら,親の選択は「健全」「正常」に収斂するだろう。おまけに,消費社会・市場社会である。いかなる規制も加えられないかぎり,「健全」「改良」の方向に傾かないほうがおかしい。

分子生物学にもとづく優生思想は,私たちのこれまでの文化や倫理に対して重大な挑戦状を突きつけている。そのもつ意味合いは,21世紀ではますます大きくなるだろう。イギリスの著名なコラムニストである著者は,豊富なエピソードを織りまぜながら,説得力をもって問題の在処を示している。そして,専門家や為政者の手にまかせるのではなく,一般の人々が真剣に考えて,優生学をコントロールするよう呼びかけている。読んでいて面白いだけでなく,記述は的確,人間と文化を見る目が鋭い。一読を勧める。訳文は平易。 (森下 直貴 浜松医科大学教員)