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RESEARCH WORKS
2017.04.25

人体改造と欲望 2001

からだの科学・本のカルテ:

NHKスペシャルセレクション 人体改造 あくなき人類の欲望

寺園慎一(てらぞの・しんいち)著

 

人間の耳を背中につけたヌードマウス。その衝撃的な姿がテレビ画面に登場したのは,昨年放映のNHKスペシャル番組の冒頭であった。それを見た人のほとんどが気味悪く思ったのではなかろうか。その好番組を書物の形にしたのが本書である。著者は番組プロデューサー。

再生医学(ティッシュ・エンジニアリング)や,ブタや中絶胎児の利用,どんな臓器や組織にもなれる可能性を秘めた胚性幹細胞,発生プロセスをリセットするクローン技術。それらを組み合わせることで期待される「不老不死」。その一方で,アメリカの一人勝ちを阻止せんと後追いする各国の対応。そして,すべてが市場経済に委ねられるとき,利用できる人とそうできない人との間に階級格差が生じる危険。ざっとそんな内容で,番組を見たときの驚きと不安がよみがえってきた。もちろん,書物であるから映像にくらべると迫力は落ちる。しかしそのぶん,冷静な気持ちでじっくりと考えをめぐらすことができる。

医療をめぐってジャーナリズムには両極端の傾向が見られる。一方は,手放しで礼賛し,新しい技術が開発されるたびに熱狂的に報じる。他方は,非人間的で反自然であることを批判し告発し非難する。そしていつしか,礼賛は非難に転じ,非難はなし崩しの肯定で終わる。しかし,本書は礼賛も非難もしない。到達点をできるだけきちんと伝えるという立場に立つ。私はそれを好ましいことに思うが,はたして成功しているか。成功の鍵は,問題の本質をどこまでとらえているか,また,問題の複雑さ・困難さをどこまで自覚しているかにかかっている。それがないと,事例を取捨選択することも,事実と評価を区別することもできない。

問題の本質とは,健康で楽しく暮らしたい,長生きしたい,若さを失いたくないといった私たち人類の「欲望」である。本書ではその点がはっきりと踏まえられている。また,自分を当事者と考えた場合,欲望に対して倫理的な評価を下すことの難しさも自覚されている。その意味では,同じ題材を紹介している立花隆氏の本(『人体再生』,中央公論新社,2000)よりも優れているように思う。たしかに咀嚼度という点ではあるいはそちらのほうが上かもしれないが,立花氏の場合,技術の思考との距離がなく,個人的な評価が入り込みすぎているからである。

本書のねらいは,整理した事実を提供することで,「何を選んで何を選ばないか」について読者に考えさせるところにある。これにはひとまず成功しているとは思う。しかし,そこから一歩進んで,「欲望」と正面から向き合い,共通の価値を公共の場で論じ合うところまでいけるかというと,なかなか難しいのではなかろうか。そのためには,おそらくジャーナリズムを超えた「語り方」が必要となろう。

本書はジャーナリズムに徹することで,同時に,ジャーナリズムの臨界をも示す。これが平易さと相まって本書を好著にしている最大の理由である。

(NHK出版刊,四六判,2001年)

 

評者

森下直貴(もりした・なおき)

浜松医科大学倫理学助教授