プロフィール研究業績研究活動社会活動お知らせお問い合わせ

研究業績

RESEARCH WORKS
2017.06.30

垂直のコミュニケーション:老成学研究第二弾・死生観

本論考は、2017年1月14日に東洋英和女学院大学大学院校舎で行われた死生学研究所・連続講座での発表を基に、その後の考察を加えてまとめたのである。講演と論文掲載にあたっては大林雅之教授と渡辺和子教授にお世話いただいた。ここに記して感謝する。なお、本論考は科研費研究(基盤研究(B)特設分野ネオ・ジェロントロジー課題番号15KT0005)ならびに生存科学研究所自主研究の成果の一部である。

 

 

〈論文〉

〈垂直のコミュニケーション〉という希望

―最晩年期における「老の中の死」の意味―

 

森下直貴

 

老年学者たちはたぶんまだ若すぎるのです。

(J・M・エリクソン『ライフサイクル、その完結 増補版』みすず書房、186頁)

 

 

序 「老の中の死」という主題

 

人は死ぬ。誰もが死ぬ。しかし「死ぬ」とはどういうことか。また死んだ後はどうなるのか。「人が死ぬ」場合、そこには「生物としての死」、「自己の死」、「関係の中の死」、「制度の中の死」のように多様な側面が含まれている。また、死んだ後についても漠然とではあれ、無になるとか、あの世に行くとか、再生するといった答えが用意されている。それでは、死ぬ前はどうであろうか。そこには何があるのか。

伝統社会のように「人生五十年」と言われた時代、死の前にあったのはたいてい「傷病」すなわち広義の「病」である。それは幼年期に限った話ではなく、成年期や青年期でも同様である。一般に環境の影響や他者の暴力による死が日常化している社会では、どこでもそれは当てはまる。しかしそうでないとしたら、死の前にあるのはたいてい「老」ではなかろうか。病もその多くは老とともに生じる。つまり、ほとんどの人はたいてい、老の中で、老いるにつれて病み、そして死ぬのである。

20世紀の半ば以降、「死」に対する人々の関心は「病の中の死」に向けられ、病のプロセスの中の死にゆくプロセスをめぐって思索が深められた。一例として谷本光男の『半身の死を生きる』を挙げてみよう。著者は53歳のときに脳出血で倒れ、以来ずっと66歳の現在まで車椅子の生活を送ってきた。その過程で学んだことは病んで半分死んで生きること、つまり「半身の死」の思想である。ただし、その「半身の死」ではいまだ「老」が意識されていない。話を広げるなら、「バイオエシックス」や「死生学」における研究の関心もまた「病の中の死」に集中している。どちらも20世紀中葉という時代環境の中で生まれたからである。

ところが、21世紀の超高齢社会では長寿化のおかげで「人生百年」が実現しつつある1)。こうなると人がなかなか死ななくなる。死にたくても死ねなくなる。そのとき死の手前に広がるのは老いゆく長くて緩慢なプロセスである。ここでは「死」に対する関心も「病の中の死」から「老の中の生の中の死」に移らざるをえない。死生学やバイオエシックスが21世紀に適応するには「病の中の死」の他に「環境の中の死」や「暴力の中の死」を加えつつ、それらの中軸として「老の中の死」を位置づける必要がある。

「老人」はもとより抽象的な対象ではなく、特定の時空の場を生きる具体的な存在である。日本に話を限定するなら、ここで最晩年期を迎える老人の圧倒的多数は無名である。また、人生観や死生観は文化の深層に根ざすものであるが、21世紀のデジタル環境の中ではそれも変容しつつある。さらに、50年後に老人の主力になるのは今日のゆるやかな関係性を好む若者世代である。

この論考では「無名の人々」「日本文化」「デジタル環境」「ゆるやかな関係性」といった条件を考慮しながら、後述する「老成学」の視点から「老の中の生」における「死」あるいは「老いる中での死」について考察する。その際、考察の焦点は死を身近に実感している最晩年期の老人に置かれる。この「最晩年期の老人の死」を人生と社会の中にどのように位置づければいいのか。本論考ではその手がかりを「慰霊」という死者と生者の間のコミュニケーションに求める。なお、以下の考察は筆者の過去の思索の蓄積の上に新たに展開されているため、行論中に典拠を一々示すことはしていない。これについては参考文献を参照していただきたい。それでは始めよう。

 

1 超高齢社会と老人像

 

手始めに「老」をめぐるイメージを確認しておきたい。イメージ群を整理するために「意味の四分割マトリックス」という図式を用いて四つの次元を取り出してみよう2)。まず、身体機能の次元では「老弱」のほかに「老身」「老衰」「老骨」等がある。次に、人生経験の次元では「老練」以外に「老熟」「老獪」「老謀」等がある。さらに、社会関係の次元では「老害」と並んで「老残」「老醜」「老廃」等がある。最後に、精神境位の次元では「長老」とともに「老師」「大老」「老潔」等がある。

さて、人生五十年もしくは六十年と見限られていた時代、老人は宇宙や人生の中に短期間ながらも一定の居場所を与えられていた。例えば、黒田日出男の『境界の中世 象徴の中世』によれば、中世の「翁」や「嫗」は神仏と成人男女との境界に位置していたし、古典落語に窺えるように近世の「隠居」は人生の目標として人々を魅了していた。「老」の四つの次元が多面的に考慮されていたことが見て取れる。ところが、近代社会になるとその多面性は見失われ、内面や精神の次元が背景に退いて身体機能や社会関係の次元が前面にせり出してくる。こうして今日、私たちが目にするのは単純化された二つの型の老人像だけということになる。

その一つは「余生」「家族」「世話」等によって特徴づけられる<受動型>の老人像である。この型は「お年寄イコール弱者」という言説を伴い、現在でも福祉・娯楽のテレビ番組の中や新聞の社会面において日々再生産されている。しかしすでに1970年代、そのような言説は老人を差別する「エイジズム」であるとして批判され、そこから「アンチ・エイジング(抗加齢)」や「ポジティヴ・エイジング」という考え方が生じてきた。

この流れを受けて提起されたのがもう一つの老人像、即ち「第二の人生」「自立活動」「快楽志向」等をキーワードにする〈能動型〉である。現代のジェロントロジーは老年(医)学と社会老人学に大別されるが、いずれもこの能動型を推進している。こうした中でWHOは1999年、個人が自立しQOLを高めて社会に参加することを主軸とする「アクティヴ・エイジング」を提唱した。その影響力は強く、日本でもそれに沿った動きが広がっている。

受動型から能動型への転換は工業先進国における高齢化の現実に対応したものである。ところが、その先頭を走っている日本は現在、高齢社会どころか「長寿化」のおかげですでに超高齢社会に突入している。実際、周囲を見渡すと元気な老人たちが至るところに溢れており、迷惑がられる側面もあるが、各方面で積極的に活動している。その主役は団塊世代である。しかしその一方で、年金にもっぱら依存する老人が病気等をきっかけにして預貯金を取り崩し、貧困化するケースが目立つようになった。

各種の統計から見えてくるのは日本社会の内部で急速に進行する貧富の階層二極化である。この背景要因の一つは「共助」領域の弱体化である2)。この弱体化の主たる要因は長期的に見れば共同意識の薄れと言えようが、直接的かつ決定的には核家族の「高齢化」である。その結果、「老老介護」や「認認介護」の末の悲惨な事件が後を絶たない。

 

2 老成学と最晩年期

 

貧富の階層二極化の傾向が今後もますます強まるとすれば、未来の本格的な超高齢社会を想像するとき誰しも暗澹たる気持ちになることだろう。それを回避する手立てはあるのだろうか。筆者が注目しているのは時間に比較的余裕のある元気な老人たちの潜在力である。労働市場の改革であれ、社会保障制度の再設計であれ、人生観の再考であれ、老人世代が絡まないような問題はない。とりわけ共助関係の再構築に関しては、彼らが「身近な他者」の役割を演じ、弱体化した「共助」領域を補完することができるなら、未来の世界はもう少し明るいものになるかもしれない。その成否は老人世代が年代に相応しいコミュニティを形成できるかどうかにかかっているとすれば、ここに新たな老人像が要請される。それが<コミュニティ形成型>の老人像である。

コミュニティ形成型の老人像を理論的に支えるのが<老成学>である。このネオ・ジェロントロジーが目指しているのは、従来型の老人像を排除するのではなく、新しい老人像と合わせて総合的な老人観のうちに組み込むことである。<老成>という視点は、「老」をプロセスの完成状態ではなくプロセスそのものとして捉えるという点で生成的であり、その老いゆくプロセスを繰り返し意味づけ直すという点で再帰的である。老成学はこの生成的・再帰的な視点から老人世代の生き方に着目し、人生と社会の中に老と老人を位置づけ直す。そしてこの作業を通じて高齢化という観点から捉えられた未来社会のあり方を問い直し、直面する課題に対処するのである。したがって、老成学が関与する範囲は老人世代だけでなく、若者世代を含めた全世代に及ぶ。

老成学の理論的枠組みは既に「構想」論文の中で詳細に論じている。ここではスキップして先に進もう。老人の間には個人差もあれば、性差もあり、さらに同時代を生きたという意味での世代差もある。そのうちここで注目するのはライフサイクル上の世代差、すなわち年代差である。人生百年として前半と後半の五十年に二分した上で、後半の五十年を四期に分けてみよう。51歳から64歳までが第一期、65歳から74歳までが第二期、75歳から84歳までが第三期、そして85歳から最晩年の百歳代までが第四期である。

ここで併せて「老の中の生」における四つの主要な関心事にも留意しておこう。その四つとは「働」「性」「病」「死」である。これらはそれぞれ特定の年代との関連でクローズアップされる。大まかに言えば、「働」は第一期、「性」は第二期、「病」は第三期、そして「死」は第四期、即ち最晩年期と強く関連する。以上を踏まえてそれぞれの時期を特徴づけてみよう。

まず、老成学がコミュニティ形成の観点から特別の関心を寄せるのは第二期である。この時期の名称としてこれまでにも「前期高齢者」があり、また新たに「準高齢者」が提案されている。もっとも、この時期の該当者は自身を老人と考えない傾向があり、「性」に対する関心も一般に旺盛である。続いて第一期に移ろう。これは第二期を含めたすべての老年期の準備期に当たる。該当者が定年後の働き方について考えるのはこの時期である。また、ここで開始された体力づくりは老年期全体を支える基礎にもなる。この時期はこれまで老年期に算入されてこなかった。そのため名称をもたないが、対応するのは<能動型>の老人像である。これと対称の位置にあるのが第三期である。これは第二期の延長線上に位置づけられる。従来の名称では「後期高齢者」、新提案では正真正銘の「高齢者」である。「病」を意識せざるを得なくなるのがこの時期である。対応するのは<受動型>の老人像である。

問題は85歳から最晩年までの第四期である。たいていここで初めて死が実感される。それにもかかわらず、ここには名称がないだけでなく、対応する特定の老人像もない。しかし、最晩年期の老人の生と死を意味づけない限り、総合的な老人観の確立を目指す老成学は完結しないはずである。老成学はここで本格的に死生学と接続することになる。

 

3 最晩年期の老人の実像とモデル

 

従来、最晩年期とりわけ百歳台の老人は例外的であり、常人の理解をはるかに超え、まるで影のような欄外の存在であった。その流れは今日でも変わらない。他方、老人たち自身も自分のことを積極的に語ろうとしない。というより語れる状況にない。日々衰えを感じるだけで考える気力がなくなるからである。松田道雄が『安楽に死にたい』の中で吐露する「生き疲れ」である(53頁)。とすれば、外部の観察者の目に映る「実像」を参考にするほかない。

例えば、最晩年期の老人の「姿」を描いているのは、16世紀後半から17世紀初頭を生きた英国のシェークスピアである。『リア王』が有名であるが、ここでは『お気に召すまま』をとりあげよう。その一節(第二幕第七場)には「この世は舞台」「男も女もみな役者」「人生は七幕の出し物」という有名な台詞があり、それに続けてこう語られる。第一幕は「赤ん坊」、次は「泣き虫学童」、その後は「恋する若者」、「軍人」、「判事」と続き、ようやく第六幕に「老いぼれジジイ」が登場する。そして終幕は

 

第二の子ども、ものを忘れ人からも忘れられ、

歯はなし、目はなし、味はなし、なにもなし(4)

 

このように無残とも見える「姿」が老人像のすべてであるとは考えられないが、少なくとも伝統社会における常識的なイメージを映し出していると言えよう。

今日の老人像はどうか。事情はシェークスピアの時代とは一変している。老人たちは施設の中で手厚い介護を受けている。静寂と清潔を基調とする陽だまりの中、一人ひとりの栄養価を考えた温かい食事が提供され、テレビからは昔の懐かしい演歌が流れ、ゲームなどの娯楽も充実している。時々訪れる家族の顔には介護から解放された安堵感と優しさが浮かんでいる5)。たしかにその空間は平穏ではある。しかし、厳重に管理され、たいてい外部から遮断されている。ここでの老人たちの役割と言えば、介護者の指示をひたすら受け入れることである。老人同士が自主的につながり合うことは滅多になく、指定されたテーブル席におとなしく座っているだけである。側から見ると起きているのか眠っているのか窺い知れない。この場に浸透しているのは<完全受動型>の老人像と言えよう。

他方、地域で暮らす老人に目を転じよう。岐阜県の農村地区にある医院に通う老人たちに「生きがい」を尋ねると、重い口を開いてこう語ってくれた6)。「生きていても楽しいことはない」「早くお迎えが来てほしい」「同年輩の話し相手がいなくなった」「子供たちとはほとんど口をきかない」「誰とも付き合わない」等々。ここで思い起こされるのは福島県の原発事故での被災者のうち、自殺した人たちが呟いた絶望の声である。「生きていても仕方がない。早く死にたい」7)。それに比べると岐阜の老人たちの口調には悲壮感や絶望感はない。しかし、ただひたすら死を待ち、静かに消えていくだけだという言葉には希望もない。これは<自己放棄型>(セルフネグレクト)の老人像と言える。

外部の目から観察する限り、今日の最晩年期の老人像は完全受動型と自己放棄型になる。両者に共通しているのは「その先」がなく、希望がないことである。最晩年期の老人は社会の中で一定の役割や居場所をもっていない。生の意味を欠落させているのである。しかし、2015年現在、百寿者の数はすでに6万5千人を超えている。85歳以上は5百万人を大きく超え、80歳以上ともなると日本の総人口の一割に達する8)。とすれば、これまでのような欄外的位置づけではなく、そこを脱して最晩年期の老人の目標となるようなモデルが必要ではなかろうか。

幸いなことにその先駆的なモデルが老年学の中にある。エリクソン夫妻による紹介に依拠して説明しよう(181頁以下)。そのモデルとはスウェーデンの老年学者トーンスタムが提案する「老年的超越」である。トーンスタムは物質的・合理的視点から神秘的・宗教的視点への移行として老年を捉える。そして老年の特徴としては、心の平穏さ、人生に対する満足感の増大、活動の時空間の狭まり、その反面として自己の感覚の拡大等を挙げている。この「超越」の見方は精神心理学者ユングのいう「個性化」の過程に類似している。両者の祖型はおそらくインドのヴェーダ的な聖者や中国の老荘的な仙人であろう。

トーンスタムの「超越」(transcendence)モデルに疑義を呈したのがジョーン・エリクソンである。彼女は老年学者たちが「手放すこと」(letting go)ばかりを強調する点を批判し(185頁)、老年期には失う側面と同時に新たに獲得する側面もあると主張する。新たに獲得されるのは舞踏によって開かれる魂と身体の異次元の感覚である。彼女はそれを「トランセンダンス」(transcendance)と呼ぶ(186頁)。これもまた一つの超越であるが、その基礎には他者への基本的信頼があると付け加える点はいかにもエリクソンらしい(164頁)。

以上のように最晩年期の老人モデルには二つある。たしかに両者の間には宇宙大の神秘的な感情か身体的な感覚かという違いがある。しかし、個人単位の自己充実を志向している点や、死ぬ前と死んだ後とが切断されている点を見れば、差異よりも共通点の方が目立つ。さらにヴェーダを参照する点でも両者は近い(まえがきx)。また、それらに類似した超越モデルは日本の伝統文化の中にもある。それが禅的な悟りの境地(「十牛図」)があるが、そこにも上述のモデルと同様の難点を指摘できる。結局、今日の圧倒的多数の「無名の日本人」にとって最晩年期の老人モデルは手頃な形では存在していないと言えるであろう。とすれば、その手がかりを求めて改めて日本文化の深層に踏み込んでみなければならない。

 

4 慰霊のコミュニケーション:日本の深層文化とデジタル世界

 

国際政治学者のハンティントンは『文明の衝突』の中で、西洋文明や中国文明やインド文明と並べて「日本文明」を位置づけている(59頁)。しかし、残念なことにその中身にまで踏み込んでいるわけではない。文化の表層を滑るだけの意識によっては深層を捉え難い。ここでは佐藤正英の『日本の思想とは何か』を起点にして考察を試みよう。「もの神」と「たま神」を区別する佐藤の解釈は、神代と古代の世界観に限って言えば、従来の枠組みを破壊する革命的な意義を有している。

神代から古代にかけて「もの神」やこれを祀る「たま神」と人々との間の関係があり、これを解釈する巫祝・巫女を媒介として人々の行いや関係が方向づけられていた。中世では仏教の影響を受け、古代の神々や人々の関係性が宇宙大の縁起的関係性のうちに包摂され、そこに織り込まれる。近世になるとそれまで不安定だった世情も安定し、人格化された天の道の下で濃密な人倫的関係性が身分階層ごとに造り上げられる。要するに、日本文化の深層にあるのは、すべてのものがつながり合い響き合うような重層的な関係性であると、ひとまず言えるであろう。近代の「日本哲学」が西洋哲学の刺激を受けて言説化したのは、まさにそのようにつながり合う時空の諸関係のネットワークであった。「個体」はそこではネットワークの結節点として捉えられている。

死生観に話を絞ろう。中世日本人にとって宇宙は、古代の「もの神」や「たま神」が外来の諸仏と習合する中で、上述したように神仏のいる聖なる世界と成人男女のいる俗なる世界とに二分される。人は聖なる世界から生まれ、俗なる世界に六十年ほど所属した後、ふたたび聖なる世界へと帰っていく。この循環の途中で両世界の境界に留まるのが「童」であり「翁」である。彼らが聖なる世界の側に入り込むと「童神」や「翁神」という「たま神」の扱いを受ける。能の舞台では死者の「たましい」がさ迷い出て、生者と語り合うことで慰霊され、最後は聖なる世界へと帰っていく。このような死者の「たましい」の訪れと語らいの伝承は、柳田国男の日本民俗学のうちに書き留められている。

さて、死者の「たましい」との間に成り立つ「慰霊」のコミュニケーションは、伝統社会では村落共同体の中の家族や親族を単位として行われていた。その点は明治以降の近代社会でも基本的には変わらない。ところが1980年代以降、機能分化の進展に伴って人々の関係が大きく変容する。規範意識を脱色した「ゆるやかな関係性」が広がる中で、個人という結節点もまた家族の絆やイデオロギーの理念といった強固な殻を脱ぎ捨て、ゆるやかさを志向する「薄い私」へと変身する。

人々の関係性の変容とともに死者との関係性も変容する。一例として2000年代の半ばに一世を風靡した歌曲「千の風になって」を取り上げてみよう。これは当時の(そしておそらく現在でも)中高年世代から静かだが圧倒的な支持をえたと言われる。その冒頭で、泣いている遺族に向かって死者である私はこう語る。私は「お墓にはいません」し、「眠ってなんかいません」と。思い返せば、石の墓標は長らく家族という単位を象徴するものであり、その堅牢さが家族の永遠性を支えていた。それがいまや不要とされている。それでは、死者である私はどこにいるのか。私は「風」になって大空を吹き渡り、「光」「雪」「鳥」「星」となって遺族を訪れ、手助けし、優しく見守る。「死んでなんかいません」。

死者の「たましい」が自然の多様な姿となって現れ、見守り、生者と語り合うというのは「慰霊」のコミュニケーションにほかならない。とすれば、伝統的な死の作法や制度上の約束事はたしかに消失しつつあるが、その本質的な部分はいまだに存続しているということになる。実際、「たましい」(みたま)のリアリティは今日でも動物を含めた各種の慰霊祭の中に持続している。ところが、2000年代になると興味深いことが起こる。「水子供養」を例にとって説明しよう。

「水子供養」とは、胎児の状態でもしくは幼くして死んだ我が子に向かい、親が「済まなさ」と「有難さ」の気持ちを表明しつつ語りかける慰霊のコミュニケーションである。その中で親は近況を報告したり、困り事を相談したりする。それに対して水子が答えるわけでないが、想像の中で親は家族を演じ、語りかけることで元気をもらう。さらに進むと同じ境遇にある家族同士がコミュニティを作り、互に慰め合うことになる。

その水子供養がインターネットの普及に伴ってネット上に進出し始めた。従来の想像上の家族とコミュニティがネット上では仮想の家族とコミュニティへと変容する。ただし、「意味」という点から言えば、想像と仮想と実在の間には本質的な違いはない。興味深いというのは、ネット世界を浮遊しつつ現実の肉体や機械に実装されるデジタル情報体が、まるで古来の「たましい」に酷似しており、これと機能的に等価なことである9)

「たましい」と「デジタル情報体」の間あるいは日本の深層文化とデジタル世界の間には、死者と生者の間で成り立つ「慰霊」のコミュニケーションが通底している。そしてそのリアリティはデジタル化されることでむしろいっそう際立ってくる。もとより、慰霊のコミュニケーションは日本にだけ見出される特異現象ではない。それは例えば、北欧のスウェーデンでも近年復活しつつあるし、さらにアマゾン奥地(ヤノマミ族)、パプアニューギニア、アンダマン諸島、南西アフリカといった秘境で暮らす種族の間にも存在している。とすれば、慰霊のコミュニケーションの根源は、ウェイドが『宗教を生み出す本能』で描いている人類共通の「原始宗教」に求められるだろう(第5章)。

 

5 垂直のコミュニケーションと時間

 

生者と死者の間に成り立つ慰霊のコミュニケーションは、一般的に見れば<垂直のコミュニケーション>のうちに包含される。<垂直のコミュニケーション>は、神々と人の間や死者と生者の間に見られるだけでなく、見送られる者と見送る者、年長者と年少者、生まれてくる者と迎え入れる者の間にも成立する。それはつまり、生から死へ、若から老へと貫いていく不可逆の時間軸に沿ったコミュニケーションである。このコミュニケーションはこれまで宗教論の文脈では部分的に論じられてきたが、時間論やコミュニケーション論あるいは対話の哲学や解釈学では必ずしも明確に位置づけられていないように思われる。それについてここで改めて考察してみるだけの価値はあろう。

コミュニケーションは当事者双方が自己の内部で解釈した意味を繰り返しやりとりするプロセスである。この原点は「対面的コミュニケーション」にあり、そこから当事者双方の機能的な行動パターン(能動-能動、能動-受動、受動-能動、受動-受動)の差異に沿って種々のコミュニケーションが分化する。例えば経済・法・教育・科学といった機能システムが分出され、またこれを担う人々の集団であるコミュニティも形成される(『生命と科学技術の倫理学』13頁以下)。

機能システムとそのコミュニティを貫いているのが<水平のコミュニケーション>である。ここで<水平>とは、神々との関係に対比される人々の間の関係一般ではなく、たとえ種々の差異があるとしても当事者双方が機能の観点から基本的に同等とみなされ、相互に転換可能とされるような関係を意味する。例えば、「教師」と若い「生徒」は機能的にはいつの日か立場が逆転するかもしれない。生徒が成長して老教師を凌駕することが十分ありうるからである。

ところが、世代差や年代差はそれとは異なる。機能的にどんなに逆転しようと年上年下や先輩後輩の差異は変わらない。生徒にとって教師はいつまでも「先生」なのである。これが<垂直>の関係である10)。<垂直>とは即ち、機能的な役割という観点ではなく、生死を貫いている不可逆の時間の観点から当事者が相互に転換不可能とされる関係のことである。時間的に転換不可能な関係における意味のやりとりのプロセスが<垂直のコミュニケーション>である。
ここで視点を変えてみよう。コミュニケーションは意味をやりとりする非連続の連続の運動である。とすれば、コミュニケーションは「時間」として捉えられる。したがってコミュニケーションとしての時間には、機能的な運動が連続する相互に転換可能な水平の時間と、相互に転換不可能な垂直の時間の二つがあることになる。この見方をさらに一般化すると、実在するものごとの運動に関して従来とは少し違った光景が現れてくる。

時間はしばしば左右の横軸において表現される。アインシュタインもその思考習慣に従って相対性理論を説明している。医学や統計学においても同様である。しかし、これは時間をあくまで機能の観点から捉えたものである。ここで、意味のやりとりを一般化して「エネルギー」や「情報」のやりとりもまた広義のコミュニケーションであるとしよう。すると、生き物に見られる螺旋の運動は、環境との間の水平の時間と自己との間の垂直の時間が交錯する中で不可逆的に生成するものとして捉えられる11)

なお、年代差と類似している差異の一つに「性差」がある。性という事柄が人間にとってまた老人にとっても極めて重要であることは論を待たない。しかし、老人には男女がいるが、男女は必ずしも老人ではない。その限りでは垂直の関係の方が性の関係より普遍的であるように見える。それはともかく、性については老成学としてさらに深く研究してみる価値がある。

要するに、コミュニケーションは時間である(いや、むしろ時間はコミュニケーションであると言いたくなる)。コミュニケーションには水平と垂直の二つがあり、この両者は人においては対面的コミュニケーションの中で交錯している12)。以上を前提にして話を「生の意味」に向けよう。

 

6 死生観とその原型

 

人は意味によって複雑に分割された宇宙を生きている。「意味」とは何か。まず、環境そのものが分割されている。その中にいる生き物は身体という媒体を通じて環境の分割を受け容れつつ再分割する。人の場合、身体の延長ではない記号を媒体にして身体的な再分割を指し示し、この指し示しによって世界を観念的に分割している(再々分割としての形を得ている)。「意味」とは、そのような指し示しの操作を繰り返す中で形成される一定の分割パターン(型ないしは構造)である。人はこの「型」をもつことによって流動的で複雑な宇宙を分割しつつ生きている。

さて、人は自分の「生」の意味を漠然とではれ実感している限り、生き続けることができる。「生の意味」とは、自己内コミュニケーションの観点から言えば、今この瞬間の生の形に次の瞬間の生の形が淀みなく連続することを不断に保持している「生の型」のことである。この「生の型」の基礎は「日常性」にあると筆者は考えているが、これについては『健康への欲望と<安らぎ>』の中で詳述しているためスキップしよう。ここで問題としたいのはその先の「死生観」である。「生の型」を「人生」という時間軸の全体に渡って拡張するとき「人生観」が得られる。さらに、それを死後にまで拡張すると「死生観」になる。人生という時間のどこに重きを置くかという観点の違いから、「死生観」は以下のような四群に大別される。

まず、⑴「不連続に連続する瞬間の輝き」として人生を捉えるなら、「生の刹那的な充実」か「生の執着の放擲」という死生観が生じるであろう。次に、⑵「集合的な営為を次々に受け継ぎ受け渡していく一コマ」として人生を見なすなら、「大勢の先人が居並ぶ中でその末席に連なる」というような死生観になろう。あるいは、⑶人生を「カウントダウンのように徐々に減っていく一定幅のプロセス」と見なせば、何とか「自分の形を保存し、自分の業績を刻み、後世に名を残したい」と願う死生観になろうか。最後に、⑷人生を「永遠・無限に回帰する循環の一環」とみれば、「無数のものたちの離合集散」か「大いなる存在への融合とそこからの再生」といった死生観になるだろう。

以上が、哲学的思考によって理念の視点から捉えた死生観の普遍的図式である13)。この図式を一歩引いて眺めてみると、いくつかの欠陥が見えてくる。まず、不可逆の時間軸は上向なら死後の彼方へ、また下向なら生前の彼方へとどこまでも延びていくが、この捉え方が部分的だったり不徹底だったりしている。次に、<垂直のコミュニケーション>という視点がない。これは死者と生者の間だけでなく、見送られる者と見送る者、年上の生者と年下の生者、親と幼子、まだ生まれてこない者とこれを待つ者の間でも成り立つ。三つ目に、垂直のコミュニケーションを担う人々から成る<垂直のコミュニティ>が抜けている。人は死んだら終わりではない。死んでも旧知の親しいコミュニティの面々によって話題にされたり、語りかけられたりする。年代ごとあるいは世代ごとのコミュニティが時間軸に沿って一部重なりながら連なっていく。最後に、垂直のコミュニケーションと水平のコミュニケーションとが交錯するという視点がない。この交錯によって垂直のコミュニティは水平のコミュニティを伴いつつこれによって支えられる。

慰霊のコミュニケーションという人類共通の観念に含まれる内容を最大限引き出して展開すると、次のようなイメージが浮かんでくる。即ち、一定の年齢幅の人たちからなる垂直のコミュニティが不可逆的な時間軸に沿って次々と重なり合い、それぞれ水平のコミュニティを伴いながら数珠玉のように連なるというイメージである。このイメージが人類共通であるとすれば、それは先に見た四群の死生観の原型に当たるものと考えられよう。この原型に対して既述した「意味の四分割マトリックス」のうちの特定の次元の観点から照明を当てたとき、そこに種々の死生観が生じることになる。

 

結 最晩年期の老人の「生と死」

 

<垂直のコミュニケーション>を重視するなら、ライフサイクルの捉え方を変える必要が出てくる。人生百年であるとしてこれを若年期と老年期とに二分し、老年期をさらに四期に区分することは既述した通りである。ついでに若年期も幼年・少年・青年・壮年の四期に分けておこう。さて、ここで新たに提案するのは最晩年期に続く死者の段階である。ライフサイクル(人生の階梯)に死者の段階を加えた例はむろんない。語義矛盾だからである。しかし、死者は垂直のコミュニティの仲間が生きていてコミュニケーションが続く限りその段階に留まる。もちろん、垂直のコミュニティは次々と交代するから死者は順次退席することになる。とくにデジタル時代の垂直のコミュニティの場合、ネット上のデジタル情報体を忘れないで消去しておく必要がある。なお、既述のように時間軸は下向きにも延びていき、生まれていない未生の者の段階にも達する。これも新しい提案になるが、その展開は別の機会に譲るとしよう。

<垂直のコミュニケーション>を安定的に支えるのが<垂直のコミュニティ>である。老人同士の垂直のコミュニティのモデルは、十歳ぐらい年下の老人が年上の老人を支えるといった「身近な他者」同士のゆるやかなつながり合いである。一例として奥会津の山間地のある地区を取り上げよう14)。そこでは近所の老人が集まってお茶を飲んだり、食材を交換したり、連絡を取り合って手助けたりしている。このつながりがやがてそのまま特別養護老人ホームへと移動することもある。もちろん、老人同士の垂直のコミュニティとは別に、老人と若者や子供との間の世代を超えた垂直のコミュニティもある。

「身近な他者」が年代と世代を超えてつながり合うゆるやかなコミュニティは、かつての地域共同体とも違うし、家族単位の血縁集団でもない15)。さらに日本人が思い浮かべるような「共生」観念とも異なる16)。現在では共同体的な「家族」はほとんど解体し、子供たちは遠い都会に住み、老人が独居している。今後とも老人たちが地元に住み続ける選択をする限り、公的支援とともに「身近な他者」がますます必要となり、とりわけデジタル化された超高齢社会では新たな地縁や知縁が重視されるだろう。その中で血縁は徐々に補助的な位置へと後退する。こうして垂直・水平のゆるやかなコミュニティの形成が超高齢社会の在り方を左右することになる。最後に、以上の考察を踏まえて<老成学>を再考してみよう。

老成学の焦点は老人世代によるコミュニティ形成にあるが、これには年代に応じて二つの山場がある。一つは第一期から第二期にかけて、老人たちが世代を超えまた狭い共助領域を超えて、垂直・水平のコミュニティを幅広く形成するものである。なお、水平のコミュニティに関して言えば、現場に若者やロボットや外国人介護者を導入する試みは、主役となる担い手を補完する限りにおいて有用となるであろう。以上については「構想」論文の中で詳細に論じているのでご覧いただきたい。しかしながら、そこではもう一つの山場が欠けていた。それが第三期から第四期にかけて老人同士が狭い範囲で垂直のコミュニティを形成するものである。このゆるやかなコミュニティの延長上に、死者と生者の間の垂直のコミュニケーション、即ち慰霊のコミュニケーションが位置づけられる。

最近、平穏死や安楽死をめぐって重要ではあるが、いささか単純化された議論が多く見られる。超高齢社会では本人が納得する限り死に方の選択は多様であってもいいであろう。しかし、死に方をあれこれ選択する前に考えておくべき前提がある。死生学を包括しつつ老成学が目を向けるのはまさにその前提、即ち垂直と水平のコミュニティの形成である。とりわけ<垂直のコミュニティ>が死者と生者の間の<垂直のコミュニケーション>を支える。死に方の選択はその上での話ではなかろうか。

最晩年期の老人は老人同士の<垂直のコミュニティ>の中で生者から死者へと移行する。それは移行であって終わりではない。死後にはもう一つの段階が待っている。<垂直のコミュニケーション>があるという希望が「老の中の死」に意味をもたらす。そしてコミュニケーションの相手として語りかけられる人になりたいという目標が「老の中の生」を方向づける。

 

 

 

 

1)「人生百年」あるいは「人生五十年」と言っても、誰もが百歳まで生きるとか、五十歳までしか生きられないというわけではむろんない。なお、「人生百歳」を唱えているのは筆者の他にグラットン(Lynda Gratton)である。筆者の場合は経験を踏まえた直観にすぎないが、グラットンでは(ピリオド平均寿命ではなく)コホート平均寿命の手法が用いられている。

2) このマトリックスもしくはカテゴリー表は、対外性・対内性・対他性・対自性、あるいは空間性・時間性・社会性・反省性、あるいは実用性・共同性・統合性・超越性といった四次元から構成される。『生命と科学技術の倫理学』及び「老成学の構想」を参照されたい。

3) ここで「共助」とは、国家による「公助」、他者との間の「互助」、本人・家族による「自助」の総称である。「共助」は社会の四機能領域のうち「共同性」に属し、医療・子育て・教育・福祉から構成される。したがって「共助」に注目するからといって「共同体主義」の立場に立つわけではない。詳しくは『生命と科学技術の倫理学』。

4) 筆者の個人試訳である。Script of Act Ⅱ As You Like It by William Shakespeare.

All the world’s a stage,

And all the men and women merely players:

They have their exits and their entrances;

And one man in his time plays many parts,

His acts being seven ages. At first the infant,

Mewling and puking in the nurse’s arms.

And then the whining school-boy, with his satchel

And shining morning face, creeping like snail

Unwillingly to school. And then the lover,

Sighing like furnace, with a woeful ballad

Made to his mistress’ eyebrow. Then a soldier,

Full of strange oaths and bearded like the pard,

Jealous in honour, sudden and quick in quarrel,

Seeking the bubble reputation

Even in the cannon’s mouth. And then the justice,

In fair round belly with good capon lined,

With eyes severe and beard of formal cut,

Full of wise saws and modern instances;

And so he plays his part. The sixth age shifts

Into the lean and slipper’d pantaloon,

With spectacles on nose and pouch on side,

His youthful hose, well saved, a world too wide

For his shrunk shank; and his big manly voice,

Turning again toward childish treble, pipes

And whistles in his sound. Last scene of all,

That ends this strange eventful history,

Is second childishness and mere oblivion,

Sans teeth, sans eyes, sans taste, sans everything.

5)       筆者が2016年12月に訪れた浜松市にある老健施設「白梅県居ケアホーム」の経験を踏まえている。案内していただいた施設長の本郷輝明先生に感謝したい。

6)       筆者たちが2016年から継続しているフィールド調査のインタビューより。調べてみるとそうした言葉の背景には同居する家族との折り合いの悪さがあった。

7)       NHK総合テレビ2017年1月12日放送の番組「それでも、生きようとした~原発事故から5年」。

8)厚生省統計によれば百寿者の数は人口比では世界一になる。

9)       この点は押井学の『イノセンス』を見られたい。

10)ここで宗教を論じることはしないが、あえて言えば、日本文化における「垂直」には一神教のような絶対的断絶は含まれていない。神仏はむしろ沈黙の中で「同行二人」の位置にいる。

11)あくまで直観的な話ではあるが、生命が「螺旋」運動であるなら、物質は「渦巻き」運動である。

12)このように捉えることによって水平・垂直の軸からなるマトリックスのうちに和辻倫理学の「間柄」を位置づけ、相対化することができよう。

13)ホワイトヘッドによれば、現実世界を成り立たせている「普遍的図式」を直観と論理によって記述するのが「(思弁)哲学」である。とくに第1章と第2章。

14)筆者たちが2017年2月6日~8日に行ったフィールド調査のインタビューより。

 

15)ここに言う「ゆるやかなコミュニティ」は、東アジアの儒教的な孝の関係とも異なるし(中国社会科学研究院の研究者との懇話会、北京、2016年23日)、タイの研究者が強調するような東南アジア特有のネットワーク関係とも異なる(タイの専門家との対話、バンコク2016年3月5日~9日)。

16)「共生」にぴったり対応する外国語はない。日本語の「共生」では自他融合や共感に力点が置かれるのに対し、フランスの「コンヴィヴィアリティ」は個人単位の妥協という意味合いが強い。亀山ほか編、第7章。

 

参考文献

 

安孫子誠也『アインシュタイン 相対性理論の誕生』講談社現代新書、2004.

  1. H. エリクソン/J. M. エリクソン『ライフサイクル、その完結(増補版)』(村瀬孝雄/近藤邦夫訳)みすず書房、2001.(原著:Erikson, E.H. (1997):The life cycle completed.Extended version by J. M. Erikson. New York: W. W. Norton.)

ニコラス・ウェイド『宗教を生み出す本能』(依田卓巳訳)NTT出版、2011.

遠藤周作『沈黙』新潮文庫、1966.

亀山純生他編『共生社会Ⅰ』農林統計出版、2016.

L.グラットン/A.スコット『ライフシフト』(原著2016、池村千秋訳)東洋経済新報社、2016.

黒田日出男『境界の中世 象徴の中世』東京大学出版会、1986.

佐藤正英『日本の思想とは何か』筑摩書房、2014.

谷本光男/川添泰信『半身の死を生きる』自照社出版、2016.

サミュエル・ハンティントン『文明の衝突』(鈴木主税訳)集英社、1998.

  1. N. ホワイトヘッド『過程と実在1』(平林康之訳)みすず書房、1981.

松田道雄『安楽に死にたい』岩波書店、1997.

森下直貴『死の選択―いのちの現場から考える』窓社、1999.

森下直貴/佐野誠編訳『「生きるに値しない命」とは誰か―ナチス安楽死思想の原典を読む』窓社、2001.

森下直貴『健康への欲望と〈安らぎ〉―ウェルビカミングの哲学』青木書店、2003.

森下直貴「〈無形のもの〉たちのリアリティ―日本人の死生感の現在」『死生学研究』東京大学大学院人文社会系研究科、2009、57–79頁.

森下直貴「「家族」の未来のかたち―結婚・出産・看取りをめぐる人類史的展望」古茂田宏ほか編『21世紀への透視図―今日的変容の根源から』青木書店、2009、64–96頁.

森下直貴「家族の変容」から見た代理出産と終末期医療の未来」『浜松医科大学紀要(一般教育)』24、2010、1–21頁.

森下直貴「子育て」に今日的意義はあるか―〈身近な他者たちの協同作業〉という視点」『都市問題』102(12)、後藤・安田記念東京都市研究所、2011.12、44–52頁.

森下直貴「《雑融性》としての「成熟」―「若者世代」論から《規範的なもの》の考察へ」名古屋哲学研究会『哲学と現代』26、2011、42-87頁.

森下直貴「健康と病気―滞ることなく流れる循環」香川知晶/樫則章編集『生命倫理の基本概念(シリーズ生命倫理学 第2巻)』丸善出版、2012、88–107頁.

森下直貴「井上哲次郎の〈同=情〉の形而上学―近代「日本哲学」のパラダイム」『浜松医科大学紀要(一般教育)』29、2015、1–43頁.

森下直貴編著『生命と科学技術の倫理学―デジタル時代の身体・脳・心・社会』丸善出版、2016.

森下直貴「〈老成学〉の構想―老人世代の「社会的再関与」によるコミュニティ再生への展望」『浜松医科大学紀要(一般教育)』30、2016、1–43頁.

森下直貴「西周の〈区別-連結〉の哲学―「実証主義」思想と「天」の思想を包括する体系」『浜松医科大学紀要』31、2017、1–20頁.

柳田国男『先祖の話』初版1945、角川ソフィア文庫、2013.

ウィリアム・R.ラフルーア『水子―〈中絶〉をめぐる日本文化の底流』(森下直貴他共訳)青木書店、2006(原著:William R. LaFleur, Liquid Life: Abortion and Buddhism in Japan, Princeton University Press, 1994).

<垂直のコミュニケーション>という希望

 

The Hope of Vertical Communication

The meaning of death in the oldest-old people

 

by Naoki MORISHITA

 

In the 20th century, people had their interests in “death by disease.” Similarly, thanatology or bioethics focuses on this type of death. However, in the 21th century, the focus has moved to “death by aging.” The background is the super-aging society. And its top runner is Japan.

In Japan, the number of centenarian has already surpassed 65,000 as of 2015. And 10% of the total population is over 80 years old. The direct factors of super-aging society are longevity, declining birthrate, depopulation in certain areas, and so on. Under these conditions, the gap between the rich and the poor is increasing in all generations.

There are four approaches to deal with the challenge to this bipolarization. The first is reforming labor markets to recruit the old, women, robots, and foreigners. The second is remaking social security systems like the pension. The third is reconstructing access to mutual help, including volunteer activities. And the fourth is reconsidering our view of human beings, life, and death to enable us to adapt to a super-aging society.

The most important key to this challenge is the old generation who are connected to all the approaches. Indeed, the participation of the healthy old in various social fields should be encouraged more. However, only two modern types of old people have been described. One is “the passive type” who depend on family care. The other is “the active type” who are enjoying life, being independent and putting emphasis on pleasures. Therefore, a new comprehensive view of aging is needed.

We propose the concept of “re-aging gerontology” to establish this view. The word “re-aging” means that mature aging is not the final state of the aged, but process of our life, which is being continually reconsidered. Imaging a life span of 100 years, in which the old can be classified into four stages: pre-old (from 51 to 64), young-old (from 65 to 74), old-old (from 75 to 84), and oldest-old (over 85). “The passive type” may be suitable to the old-old, whereas “the active” may be more suitable to the pre-old. Re-aging gerontology re-classified the young-old as the agent to form communities, that is, “the community-forming type.”

Nevertheless, there is no clear answer to how the oldest-old behave, of whom belong over 5 million people in Japan. They often do not express any desire about their future and seem not to care about themselves. These may be called “the completely passive type” or “the self-neglect type.” We have to consider how to encourage them from the perspective of “re-aging gerontology,” not of Tornstam or of Ericsson. It is because those models and that of Zen Buddhism cannot be applied to an overwhelming majority of contemporary and future Japanese.

In this article the focus is on the death of the oldest old and presents a new model for them from the perspective of “re-aging.” A clue can be found in so-called “consolation communication” between those who have passed away and the living, which is supposed to exist in human beings universally. This communication is included as part of “vertical communication” along the axis of irreversible time from birth to death. Vertical communication needs a vertical community. When the oldest-old can form their own community, they can have their own meaning of life and hold the hope to be together with familiar others even after their death.