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システム倫理学

about System Ethics
システム倫理学の世界へ、ようこそ!
浜松医科大学倫理学教授
システム倫理学研究センター
森下直貴
人間の活動を含めてあらゆる「ものごと」の有り様や成り行きは、何らかの目に見えない内在的な構造によって成り立っています。哲学という知の働きは、そのような構造を直観し、論理的に区別し、統一的に連関づけることによって、常識や科学やさらに思想にまとわりつく硬直し固定した見方をたえず流動化させます。

私も哲学者の端くれとして、長らく「倫理」という事象に格別の関心をもってきました。そして今、それを捉え直すための新しい枠組みを創ろうとしています。それが《システム倫理学》です。

「倫理」という言葉は多義的です。個人の信念(道徳)から、対人関係の信頼、組織のルール、さらに全体社会の思想にまで多元的に広がっています。しかし、「倫理」という事象はこれまで統一的に捉えられたことがありませんでした。その結果、個人道徳と社会倫理はたいてい別々に論じられてきました。他方、「社会」という言葉もじつにあいまいです。一般的には相互に行為し合う人々の集団のことを指しますが、そこでの相互行為の本質についてはいまだ説得力のある説明がなされておりません。

ここに〈自己変容システム〉という見地を導入してみます。この見地に立てば、相互行為の本質は、特定の分割の接続である「意味」をたえず接続しつづける相互的コミュニケーションとなります。そしてその内部に接続を方向づける意味パターン(「構造」)が形成され、この働きによって外部との境界線がたえず維持されるとき、コミュニケーションはシステムになるのです。したがって社会とは、人間を担い手とするそのようなコミュニケーションのシステムのことです。

《システム倫理学》は、社会というシステムの〈構造〉の働きとして、多元的なレベルの「倫理」を統一的に捉えることによって、種々のレベルを区別しつつ連関づけます。たとえば「道徳」についても、社会的なコミュニケーションと連動するかぎりにおいて、人間の自己内対話(コミュニケーション)を方向づける〈構造〉として把握できます。

《システム倫理学》は「倫理」の捉えかたを一変させ、それによって現代の複雑で流動的な世界を俯瞰的に認識し、未来へ向けて日常的に関与していくことを可能にします。この機会にぜひとも《システム倫理学》の枠組みに馴れ親しみ、実際に活用していただければと願っております。

私の哲学の概観

《システム倫理学》は、〈自己変容システム〉という見地から「倫理」の捉え方そのものを一変させ、それによって社会と世界の見方を転換させようとします。

世の中には《システム倫理学》と類似した言葉があります。例えば「地球システム・倫理学」や「宇宙倫理学」がそうです。ただし、これらは人類をとりまく空間を地球大や宇宙大に拡張させるだけであり、《システム倫理学》のように倫理の捉え方そのものを転換させるものではありません。

他方、「システム哲学」という言葉も以前からありました。これは数学やサイバネティクスや情報工学の流れを汲むものですが、私の〈システム〉はむしろ生成し分化し進化する生命のイメージに近いものです。この点を少し詳しく説明しましょう。

ここでいう〈システム〉とは、特定の分割がくりかえし接続する過程で、接続経路を方向づける動的パターン(構造)が内部に形成され、この「構造」の働きを通じて外部との境界線が不断に維持される、そういう実在する「もの」です。しかも、この「もの」は内部の構造を自らたえず変容させる〈自己変容システム〉です。この〈自己変容システム〉の視点から「倫理」を捉え返したのが《システム倫理学》です。
《システム倫理学》の原点は、「意味」を解釈してやりとりする 人間の「コミュニケーション」です。このコミュニケーション が分化することによって、経済・医療・政治・科学といった 多様な機能システムが出現します。また、これを担うべく種々 のコミュニティが生まれます。

《システム倫理学》の方法論は、「意味」の構造をふまえて考 案された〈四分割〉の枠組みです。《システム倫理学》はこの枠 組みを駆使しながら、個々人の死生観から、家族の変容、医療 や教育の機能、行政組織の作動、メディアの役割、国家の存在 理由、思想や倫理学の対立構図まで、多次元の「倫理」を具体 的に論じます。

私の哲学の概観

まず、基礎にあるのは「形而上学」の分野です。「形而上」とは、あらゆる「ものごと」の有り様や成り行きを支えている、目に見えないが内在する構造のことです。ここでは、「もの」「こと」「かたち」「分割」「区別」「指し示し」「記号」「意味」「接続」「機能」「構造」「システム」といった基礎的カテゴリーの展開を通して、〈自己変容システム〉の形而 上学の確立を目ざします。

次に、応用に相当するのが〈対立媒介の倫理学〉の分野で す。科学技術の「デジタル化」や「グローバル化」の影響を受 ける中、正義をめぐるコミュニケーションギャップが拡 大し、人々の間の対立・暴力が激化しています。そのよう な事態に対処するため、ここで一方的な同化でも理想的な 合意でもなく、対立の場そのものの移動・流動化をめざす 〈両側並行モデル〉を提示します。
さらに、深層に位置するのが「日本倫理思想史」研究の分野です。人々の常識や社会の制度は倫理の表層にすぎません。深層にあるのは宗教であり、この知的な核心が形而上思想です。ここでは、空海以来の日本的形而上思想の伝統を解明しつつ、近代になってその論理化を試みた西周、井上哲次郎、西田幾多郎らの哲学を解釈します。以上をふまえて日本的形而上学が〈自己変容システム〉理論へと展開する可能性を掘り起こします。

最後は、「老成学」という実践分野です。超高齢社会の到来を前にして、すべての老人世代を包括する新たな老人像が要請されています。〈老成〉とは老いの「生き方」を不断に意味づけ直すという生成的な視点です。ここでは〈老成〉の視点から「老いの中の生」における働・病・性・死に注目し、元気・長寿・大量の老人世代が〈身近な他者〉として社会に再関与し、多世代間の持続可能な社会を創り出す可能性を探ります。

略歴

1953(昭和28)年12月8日生まれ。幼少期を熊本市で過ごす。熊本高等学校に入学するが、高1の夏に茨城県の土浦第一高等学校に転校する。
 1972年、東京大学に入学する。文学部では和辻哲郎門下の倫理学科を選ぶ。卒論は「サルトルの人間存在論」。
 1976年、同大学院人文系研究科修士課程に進学する。哲学的思考を鍛えるためにカント哲学に取り組み、歴史哲学を専攻する。師には小倉志祥、相良亨、浜井修、佐藤正英がいた。修士論文は『カントの後期歴史哲学』(未公表)。博士課程に進んでからは研究の主軸を哲学的人間学に移す。
 1983年3月、同課程を単位取得にて退学する。前年より神奈川大学、いわき短期大学、横浜国立大学、日本体育大学で倫理学・哲学・社会思想史の非常勤講師を務める。
 1987年8月、浜松医科大学倫理学助教授に着任する。医療倫理や生命倫理学、医学哲学を本格的に研究する。
 2002年11月、浜松医科大学医学部・総合人間科学講座(倫理学)の教授に昇任する。
 2006年、インドのカースト制度を視察する。2008年、ペンシルベニア大学(フィラデルフィア市)とリンシェーピン大学(スウェーデン)に滞在する。2010年、ジョージタウン大学やニューヨークのヘースティングスセンターを訪ねる。
 その間、名古屋市立大学、静岡大学、静岡県立大学、クリストファー看護大学、東京看護大学校、藤田保健衛生大学、名古屋市立大学大学院、愛知医科大学、東京大学、静岡大学大学院などで非常勤講師を務める。
 長らく独自の視点を模索していたが、2011年前後に<自己変容システム>の見地にたどり着く。2013年から《システム倫理学》を唱え始める。現在、精力的に研究を進める一方、倫理委員会委員やセミナー講師として現場に密着した助言を行っている。

私の哲学の概観

最新刊の『生命と科学技術の倫理学―デジタル時代の身体・脳・心・社会』(編者、丸善出版、2016)のほか、『生命倫理学の基本構図』(共編者、丸善出版、2012)、『健康への欲望と<安らぎ>―ウェルビカミングの哲学』(青木書店、2003)、『死の選択―いのちの現場から考える』(窓社、1999)がある。また、翻訳書として『水子―<中絶>をめぐる日本文化の底流』(共訳、青木書店、2006)、『健康の本質』(監訳、時空出版、2003)、『「生きるに値しない命」とは誰のことか―ナチス安楽死思想の原典を読む』(共編訳、窓社、2001)、『臓器交換社会―アメリカの現実・日本の近未来』(共訳、青木書店、1999)がある。
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